母ちゃんになったわたしー出産レポートー

2020/05/16
 
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いのうえ あいこ
美味しいもの、猫、嵐をこよなく愛する。旅好きのひきこもりです。 学生時代、東南アジアに何度か向かい、東南アジアラブに。将来は東南アジアを始めとする世界の子どもたちと一緒に暮らすシェアハウスを作りたい。 夢はみんなのおばあちゃんになり、息詰まったひとのサードプレイスとなること。

ブログを書くのはおひさしぶりです。

いのうえあいこ(@aicoinoue)です。

少しの間、自分で勝手に設定した産前産後休暇に入っていました(*^^*)

息子コタメ氏も無事2ヵ月を迎え、

わたしも母業がなんとなくつかめてきたところなので、

今日からブログ復帰です。

まず、日に日に忘れゆく出産時のこと、残しておきたいので綴ってみます。

自然分娩への強い憧れ

妊娠したい、子どもが欲しい、と考え始めた頃から、

お産のことを調べだしました。

結婚前から、お産についての講演やワークショップに参加しており、

身近に自宅出産を選んでいた子が居たこと、

また、小川糸さんの「つるかめ助産院」という本が好きだったこともあり、

「自然なお産」や「自宅出産」への強い憧れがありました。

 

女性しか経験することの出来ない、妊娠と出産。

生命の神秘をこの身に感じてみたい。

病院で流れに任せた機械的なお産ではなく、

なるべく動物に近いかたちで自分のチカラでお産を迎えたい。

そういう憧れに近い想いがずっとありました。

 

自宅出産については、

子宮筋腫があったこと、

そして初めての出産で自分の決心がつかなかったことから、選択しませんでした。

 

でも、病院で産むにしても自然に陣痛がきて、薬などに頼ることなく自分の力で産むんだ!と

かなり強くこだわりをもって思っていました。

予定日を過ぎても音沙汰なし

予定日の2週間くらい前の検診から、

お医者さんにももういつ生まれてもおかしくない!と言われていたにも関わらず、

待てど暮らせど陣痛どころか、おしるしもこない。

早めに生まれるかもね、と言われていたから、

心の準備は臨月を迎えた頃には整っていたのに。

こんな感じで毎日、今日生まれるか、今日生まれるか、とそわそわそわそわ。

 

そんなそわそわが、結局約1ヵ月続くことに笑。

「子のタイミングで生まれてくるからね」といろんな人に声をかけてもらったけど、

そんなこと頭では分かっているけれど

どうしても予定日を過ぎても出てこない子にやきもき。

誘発分娩する日が決められる

予定日を過ぎてから

何度かもしや前駆陣痛?みたいな体調もあり、

https://twitter.com/aicoinoue/status/1230299362875465728?s=20

もう本当にお腹も苦しいし、いよいよ産みたい…!!!とかなり焦り始めました。

 

そんな予定日を過ぎて2度目の検診を迎えた時、

お医者さんから、まだ子宮口も全然開いていないし、

誘発剤を打って、誘発分娩する日を決めましょう。

と言われ、

病院の人員などのこともあり、

3日後に入院し、子宮口を広げる器具を挿入し

4日後の朝から誘発剤を入れましょう。

と一方的に決められて診察が終わりました。

 

診察後、待合室で助産師さんが誘発分娩のための入院の説明をしてくれているとき、

我慢していたけど、抑えきれず、わたしは号泣してしまいました。

https://twitter.com/aicoinoue/status/1233713546808086528?s=20

誘発分娩が決まってからは涙が止まらない毎日

とはいえ、入院の日までに陣痛がきてくれれば自然分娩できるので

最後の頼みでアロママッサージを受けに行ったり

歩きまくったり

雑巾がけしてみたり

焼肉食べてみたり

色々頑張りました。

 

頑張る一方で、どうしても誘発分娩が嫌で嫌で。

離れて暮らす夫に電話して号泣。

母と話しながらまた号泣。

涙涙の日々でした。

 

誘発分娩の何が嫌だったのか。

やはり自分で、自分のチカラで産むぞ。と意気込みすぎていたり

子のタイミングで生まれるよってみんな言ってたけど、結局誘発したら子のタイミングじゃないじゃんか!とか

わたしは誘発分娩したくなかったのに、どうして生まれてきてくれないの?!と子に八つ当たりしたり。

わたしの希望や想いを聞くことなく、誘発分娩の日を勝手に決めてしまってさっさと診察を終えた医者を嫌いになってみたり(出産のときは違うお医者さんでほっとした)

なかなかの悶々とした日を送りました。

入院の日

そしてやってきた入院の日。

前の日の夜中から、ちょっとお腹が痛い、、、けど、、、起きるほどのやつが何度かあったけど、数えるほど。

全然、間隔が定まらないままに入院しました。

入院時の診察で、子宮口が開いてきているとのことで、

子宮口を開かせる器具は挿入しないことに。

これにかなりほっとしました。

 

この日から、夫の職場の協力もあり、夫は3日間休みをもらっていたので、

夫の顔が久しぶりに見れてかなり安心し、がんばるぞ!と気持ちを前向きにできました。

 

そして、誘発剤を打つ最後の夜なので、

今晩陣痛きますように、、、!!!とお祈りしながら就寝しました。

https://twitter.com/aicoinoue/status/1234382821923291136?s=20

でも

前日、前々日と緊張や興奮から眠れなかったこともあり、その日は陣痛も来ず爆睡しちゃいました笑

誘発分娩は早朝に

誘発剤は朝の7時からの予定だったので、

6時前から診察などいろいろな手順を済ませ、

いざ誘発剤のとき。

この時には心も覚悟も決まり、

子どもが無事に生まれてくるように、とそればかり。

 

だったんですが、

わたしの血管が細すぎて、

そして誘発剤がやっぱり怖くてちょっと貧血気味だったのもあり、

血管注射(しかも極太)の針がなかなか入らず失敗されまくり。

わたしの出産のハイライトでいうとこの針が入らなくて2人も助産師さんが交代したこの時間がもっとも嫌だった。

結局1人2,3箇所失敗するもんで5回くらい針刺されてようやく右手首に成功。

腕も手首も内出血しまくり笑。

 

嫌すぎた。

 

嫌すぎてこの入っている針の位置を守りたいばっかりに

朝ごはんも左手で食べたし、右手ずっと動かさなかった。

 

そんなこんなで誘発剤前の診察等々は終了し、7時ごろから誘発剤を点滴し始めました。

悠長に朝ごはん食べてのんびり。

誘発剤入れても、すぐに陣痛来るわけじゃなくて、生まれるのは夕方か、次の日になる人もいるよ

と聞いていたので、夫や母ものんびり。

陣痛の痛みは苦悶の時間

陣痛は突然やってきました。

なんかお腹痛いかも?くらいが10時頃。

助産師さんに、もう10分間隔の陣痛きてるよ(*^^*)と言われ、

え?!?!これが陣痛?!?!

とビックリ。

相当痛いと覚悟していたけど、

想像していた痛みより全然まし。

こんなのなら、さっきの血管注射失敗され続ける時間の方が辛かったよ。

 

10分間隔なったみたいー!と夫と母に連絡し、2人が急いでやってきました。

のんきにみんなでおしゃべりして、たまにちょっと痛い。みたいな時間を1時間くらい過ごしていたら、

だんだんと、痛みの間はおしゃべりできない状態に。

腰の骨砕けそうなくらい大きいう〇こ出そうなのに、我慢してーって言われてる感じ。

もう痛いとかじゃなく意識飛びそうな感じ。

でも、その間も右手首に入っている点滴の針が気になって気になって。

握りこぶしを握りしめたいけど、針が抜けないか心配で握れずでした。

 

あと、陣痛のとき夫に腰を押してもらってたけど、これが効いていたのかは実は分からない、、、笑

なにか触っていてほしくて。

どんなけ腰をぐいぐい押されてもちっとも痛みは治まらないけど、

もう出そうなのに出しちゃダメって言われてるう〇こ(いや赤ちゃんなんだけど)を抑えてもらっている感じでした笑

 

陣痛でめちゃ苦しくて痛くて意識ももうろうとしている時に

夫が「おれも花粉症で目がかゆくてつらいわー」と言い出した時には

ちょっと黙っててくれる?って殺意覚えるくらいには痛かったです。

その時は突然に

そんな陣痛の時間がいったいどれくらいの時間続いていたのか

自分の体感ではさっぱり分かりませんが、

突然おまたに生暖かい液体が流れ落ち、よく分からないけど多分これは破水とやらだなと助産師さんに報告。

そこで助産師さんに「夕方までには生まれるから頑張ろうね!」と言われ、

(え?いまお昼なんですけど?!この痛みまだ何時間も続くの?!)

と驚愕しました。

 

それからも陣痛はつづき、、、

痛みの間はもだえ苦しみ、その感覚も段々短くなってきたころ、、、

 

それまで陣痛室に一緒に入っていた夫と母親が突然部屋から出されました。

 

そして突然たくさんの看護師さん、助産師さんが部屋に入ってきて、わたしには酸素マスクがつけられました。

(後から知ったけど、この時赤子の脈が弱まっててヤバかったらしい)

 

なんかこのとき過呼吸みたいになってきて、

鼻で息吸ってゆっくり吐いてって言われてるけど、聞こえてるけど上手くできない!!!っていう状態でした。

 

酸素マスクがつけられた状態でもう生まれるよ!と励まされ、分娩室に移動になりました。

(こんなに痛くて苦しくて息も絶え絶えなのに、陣痛の合間をぬって自分の足で歩いていくの、地味にしんどかった!)

 

分娩室に入ってからは、

助産師さんの言うとおりに息を吸ったり吐いたりいきんだりするのに必死。

 

助産師さんが息上手にできてるよー!!と

褒めてくれるのが嬉しかった!

 

ずっと我慢させられていた特大のう〇こ(いや、赤ちゃんなんだけど)を

ようやくいきんで出してもいいよ!って言われている気分で、

思い切りいきむと、お股の皮膚が、これ以上無理です!このう〇こは通れません!って言ってるの分かった

その時くらいに「ちょきんっ」ってお股切られました。

でも、このう〇こを出せるならどうでもいい!って感じだったので、

痛かったけどそれどころじゃなくて

さらにいきみました。

 

このあたりで、夫と母が看護師さんに呼ばれ、分娩室に入ってきました。

わたしと赤ちゃんが急に分娩状態(?)に入ったので、

呼ぶのすっかり忘れられてた笑。

 

入ってきた頃には赤ちゃんの髪の毛は見えてる状態だったらしい。

早く出したいわたしは、さらにいきんだ。

そしたら、もういきまないで!!!って怒られる笑

なぜ。

また助産師さんに言われるがままスーハ―スーハ―と吸ったり吐いたりを繰り返してたら、

とぅるんっ!!!

と。

それはそれは気持ちよく出てきてくれました。

すっきり気持ちよかった。

解放された感じ。

元気な男の子ですよ!

生まれたら、すぐにお腹の上に置いてくれて、

今の今までわたしのお腹の中にいた赤ちゃんを抱きました。

ちょっとグロテスクかな。出てきて本当にすぐ、へその緒も繋がっているとき。

おベイビー♡

「すごい。あったかい。」

という感想だけしか出てきませんでした。

かわいい、とか、感動、とか、あんまりまだなくて。

 

そのあと、胎盤が出るときに二度目の

とぅるんっ!!という快感(?)があり

お股をチクチクと縫われ(地味に痛い)

意識ももうろうとしつつ

車いすに乗せられ回復室へ。

止まらない出血そして貧血

回復室では赤ちゃんと一緒で

夫が抱っこしたり、母が抱っこしたりするのを眺めながら

わたしは横になっていました。

夫の嬉しそうな顔。
喜んでくれてるのが嬉しかったなあ。

 

とにかく貧血な感じで意識もうろう。

 

でも赤ちゃんを同じベッドに寝せてもらった時は小さくてかわいくて、そしてこれがお腹の中にいたの不思議すぎてびっくりしました。

小さいおかお。おてて。触るのもこわごわ。(そして点滴の針にもこわごわ)

 

そんな間もわたしのお股の出血は止まらず、

定期的に助産師さんがきて、出血の状態を確認して、

止まらないねー

と、心配して来てくれる。

 

膀胱に尿があると出血が止まりにくいとのことで、

トイレに行くも、お股全体の感覚がなくなっていることに気づき、

尿の出し方が分からなくなっていることに気づきました。

さらに貧血になりトイレから立ち上がれなくて助産師さんに助けてもらいました。

 

結局、膀胱に管を入れて尿を出してもらうことに。

これも人生初の体験。

この後一か月くらいは、尿意を感じにくくなっていて、意識してトイレに行かないとダメでした。

 

4時間くらい回復室にいて、ようやく出血がましになったので、自分の部屋に入りました。

(赤ちゃんは低体温だったみたいで、新生児室でこたつ?みたいなのに入れられちゃった)

こたつにぐるぐる巻きの赤ちゃん

 

ここでようやく手首についていた点滴の針を抜いてもらえたのが

かなり嬉しかったのを覚えています。

針が手首にあり続けるのが地味に本当につらくて嫌すぎた。

 

自分の部屋では起き上がれないので、その日はずっと寝ていました。

出産してみて

もう2ヵ月も前のことなんですが、

遠いような最近のような不思議な感覚。

出産当日の夜。貧血過ぎて顔面が白い笑

 

出産はものすごく大変で、痛くて辛くて、死に物狂い、命がけの行為だってずっと思っていたからか、

思っていたより大丈夫でした。

想像がすごすぎたのかも。笑。

いや、めちゃくちゃ痛くて辛かったんですけどね。

どっちかっていうと、終わりがある痛みだし、会いたくて必死なので、どうにか我慢できました。

 

出産前にヨガを習っていて、呼吸とかはそこで練習できてたのもよかった。

 

いや、結構忘れちゃってるから、良い部分しかもう覚えてないのかな、、、笑

 

「出産」のそのときよりも、

妊娠期間もたくさん辛いことしんどいことあって

お腹は重いしつわりがしんどすぎるし眠れないし頻尿だし胎動も痛いし

気持ち的にもしんどかったのは妊娠中で

 

出産後もお股は一か月くらいはずっと痛かったし

痔にもなるし

子宮ちぢむのも痛いし

骨盤くだけてるから腰めっちゃ痛いし

赤子は泣くけど、お乳は出ないし、乳首は切れるし

出産前後のすべてが辛いんだなあって思いました。

 

トータル1年以上は赤子に身も心も捧げるって、改めてすごいなって思っています。

 

この日を境にわたしは母になって、今日まで赤ちゃんとずっと一緒です。

すごいなあ。

まだまだこれから。がんばろう。

 

さて、長くなりすぎたので、出産のレポートはひとまず終わりにします。

妊娠で感じたこと、出産後の体の話などはまた別でまとめていきたいと思います。

この記事を書いている人 - WRITER -
いのうえ あいこ
美味しいもの、猫、嵐をこよなく愛する。旅好きのひきこもりです。 学生時代、東南アジアに何度か向かい、東南アジアラブに。将来は東南アジアを始めとする世界の子どもたちと一緒に暮らすシェアハウスを作りたい。 夢はみんなのおばあちゃんになり、息詰まったひとのサードプレイスとなること。

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